【砂子塾事務局長論】伴走する立場として、走りと向き合う

伝える立場だからこそ、教わる時間を大切にしています
先月末、岡山国際サーキットにて
VITAでの走行を行いました。
今回はコーチを付けての走行です。
普段は指導する立場にありますが、
あらためて「教わる側」に立ち戻る時間を意図的に設けました。
コーチをお願いした理由
今回コーチをお願いしたのは、末廣武士選手。
2025年シーズン、スーパー耐久で共に戦ったチームメイトであり、
シーズンを通して私の走りや癖を見てきた存在です。
現在の自分を最も正確に把握している人物として、
適任であると判断しました。
指摘されたのは「ボトム速度の低下」
走行の中で最初に指摘されたのは、
コーナリング中のボトム速度が無意識のうちに低下している点でした。
本人としては丁寧に走っているつもりでも、
不安を感じる場面で無意識に減速してしまっている。
典型的な「恐怖感由来の操作」です。
マイクナイトコーナーでの変化
岡山国際サーキットのマイクナイトコーナーは、
VITAであれば全開で走行可能なコーナーです。
しかし実際には、
「怖い」「行ける気がしない」という感覚が先行し、
これまで気合や根性で乗り越えようとしてきました。
今回はそうしたアプローチは取りませんでした。
気合ではなく、理論で整理する
なぜ怖く感じるのか。
どこで不安が生じているのか。
その不安は事実なのか、それとも思い込みなのか。
操作、ライン、視線、車両挙動を一つずつ整理し、
理論として分解していきました。

結果として「自然に全開で走れた」
整理が進むにつれて、
特別な気合を入れることなくアクセルを踏めるようになりました。
恐怖が消えたわけではありません。
しかし、恐怖の正体が明確になることで、操作は安定します。
結果として、
コーナリングボトムの低下は解消され、
マイクナイトコーナーは全開で走行可能となりました。
走行データにも明確な改善が表れています。
教わることの意味
今回あらためて感じたのは、
「教わること」は弱さの証明ではない、ということです。
自分の癖を客観的に捉えるためには、
第三者の視点が不可欠です。
これは経験を重ねても変わりません。
砂子塾として大切にしていること
砂子塾では、
恐怖を気合や根性で乗り越える指導は行っておりません。
恐怖の正体を分解し、
理解し、整理した上で操作に落とし込む。
その結果として、再現性のある走りを身につけていく。
今回の経験は、
その考え方が間違っていないことを
あらためて確認する機会となりました。
※本稿の背景となった、岡山国際サーキットでの実体験については、
個人noteにて率直な視点で記しています。


